2007年5月28日 (月)

オールドファームとは何か?(その4:オールドファームの現在と未来)

ベルファストとロンドンデリーでは、両コミュニティの激しい抗争の爪あとを数多く見ることが出来たが、今の北アイルランドにオールドファームで見るような憎悪があるわけではない。オールドファームの日にスタジアムに行けば、言葉さえ理解できれば、そこがどんなひどい環境か分かる。

BBCの番組で、The Herald紙の記者が言っている。「もしあなたが土曜日の午後にとつぜんRangersかCelticのスタジアムに放り込まれたら、邪悪でひどいチャントを聞くだろう。無知で、無教養の偏見に満ちた感情をテラスから受けるだろう。そしてここがとんでもなく野蛮な社会だと思うだろう。」

なんでオールドファームは未だに深刻な対立を抱えているのだろうか?

結局、両クラブのファンが持っているお互いへの差別的な感情を発露する場所を、オールドファームという舞台が提供しているからだろう。

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CelticとRangersの両会長がインタビューに答えて、セクタリアニズムに及ぶファンは「ごく少数」と言っていたが、明らかに事実とは反する。

Rangersファンは総じて熱狂的だが、単に熱狂的というだけでなく、事実、カトリックへの差別を含んだチャントを歌う者もたくさんいる。

毎試合、近くに座っていた紳士はいつも静かに観戦していた。その彼がオールドファームの時にはCelticファンに対して「手をかざす」ナチス式の敬礼をしていた。これは別にナチの敬礼ではなくて、アルスター旗の中心にある「Red Hand」の敬礼なのだが、カトリック・ナショナリストに対しては非常に攻撃的な行為である。

普通のファンでもCelticを前にするとそうした行動に出る事実、そして彼だけでなく、多くの両チームのファンがそうしたお互いを侮蔑する行為に出ている現実があることは認識しておくべきだろう。

両クラブはスタジアムでの政治的行為を禁じ、セクタリアニズムは2003年から違法行為となった。今はスタジアムで差別的チャントを歌うと即座に警官に連行される。しかし、スタジアムからそうしたチャントが排除されても、試合帰りの地下鉄に乗れば聞くことが出来る。結局、お互いの差別意識は色んな形で残っている。

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現在、両クラブはスコットランド政府とも協働して、セクタリアニズムの排除に向けて運動を行っている。BBC番組にもあった子供達への教育もその一環である。BBCの番組で、刑務所で服役中の両ファンは子供の時から差別感情を持ち始めたと言っている。今も残る差別をどう押さえて、そして、将来への連鎖をどう断ち切るかが課題だろう。

2年間、英国のスタジアムを数多く訪問して、どこのスタジアムも非常に安全であると実感した。時にやりすぎと思うくらいだが、危険な予兆があれば直ぐに警察が介入し排除する。群衆のコントロールもうまい。スタジアムとその周辺に限れば、英国は欧州一安全だろう。警察・スチュワードの取り締まりが緩い分、時には日本のスタジアムの方が危険かもしれない。もちろんこの安全は、フーリガニズムが教訓になっているわけだが。

だが、オールドファームの対立の根は単なるフーリガニズムよりもはるかに深い。貧困や犯罪などの社会問題とも無縁ではない。しかし、この国には大きな問題に正面から取り組むことができる政治家・メディア・国民がいる。

「オールドファームの宗教対立って何だ?」という素朴な疑問から調べてみたこの問題、単に信仰の違いというよりは、北アイルランドの宗教・人種・政治問題がグラスゴーに移って、それがスタジアムとその周辺で時に吹き出しているものだ。

Celtic・Rangersファンのクラブへの思いはどこよりも強い。その思いだけでも十分ダービーの雰囲気は作り出せるはずだ。関係者の努力が実を結んでセクタリアニズムが影を潜めた時、それが自分が生きている間に実現するか分からないが、その時にもう一度オールドファームを見に来たい。その時にこそ、この試合が世界一のダービーだと思えるだろう。

Ticket

 

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2007年5月27日 (日)

オールドファームとは何か?(その3:ロンドンデリー)

ロンドンデリーはアイルランドの国境に近い北アイルランドの第2の都市。

「デリー」はゲール語で「楢の葉」を意味する。「ロンドン」が付いているのは英国統治に由来することから、カトリック・ナショナリストは単に「デリー」と呼ぶようだが、公共機関は「ロンドンデリー」を使用している。

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ここは中心街が全長1.6kmの城壁で囲まれたユニークな街で、観光地として魅力的な街である。

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北アイルランド問題との関係では、抗争の中心ともいえる場所で、中でも1972年のBloody Sunday(血の日曜日事件)は有名。現地介入した英国軍が武器を持たないカトリック系市民を殺害した事件で、英国軍の関与に関して現在でも調査が継続中の大きな事件。

事件のあった地区はカトリックの一大コミュニティで、壁画もたくさんある。Londonderry02

歩道が「緑白オレンジ」のアイルランド国旗の色に塗られている。ここからカトリック・ナショナリストのコミュニティだということ。

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これはBloody Sundayで亡くなった14人のカトリック系市民。

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亡くなった14歳の少女の画。手前のシンプルな説明文に言葉もない。

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英国軍の催涙ガスを防ぐためにガスマスクをした少年。手には火炎瓶を持っている。

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「YOU ARE NOW ENTERING FREE DERRY」
地元カトリック系住民による自治区宣言を意味する

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公民権運動のデモの参加者14人が殺害されたBloody Sundayの画

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ドアを破る兵士と催涙ガスから逃げる少年

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Bloody Sunday(1972年1月30日)の記念碑

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金網と石を手に装甲車に立ち向かう少年

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ベルファストの刑務所に政治犯として収監されたカトリック系住民。53日間のハンガーストライキを決行した彼の姿は1980年当時世界中に放映されたそうだ。彼らは囚人服を着ることを拒否してブランケットを羽織っている。

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Bloody Sundayその他の抗争の現場。今は普通の商店街になっている。

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城壁をはさんで反対側にはプロテスタントコミュニティがある。入口付近の歩道は赤白青で塗られている。もっともベルファストのプロテスタント地区よりも、ここはずっと小さい。

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この街は規模は小さいが、中国の西安のように街を囲う城壁がきちんと残っているため、観光客も多く訪れる。そして城壁の外、北西側カトリックコミュニティには数多くの壁画がある。壁画の状態は良く、それぞれに説明文も付いている。「地球の歩き方」には一切触れられていないが、ここまで来たら、両コミュニティに足を踏み入れてみるべきだろう。

この街は北アイルランド問題における数々の抗争の現場であっただけに、平和への欲求もより強いのだろう。Bloody Sundayの現場も含めて周辺地区に危険な感じは全くなかった。

次回はまとめ。

 

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2007年5月26日 (土)

オールドファームとは何か?(その2:ベルファスト)

北アイルランドの首都ベルファスト。ロンドンから飛行機で約1時間の距離。

中心街にほど近いPolitical Districtと呼ばれるプロテスタントとカトリックのコミュニティには、政治的メッセージが込められたMuralと呼ばれる壁画が数多く存在する。

日本人にとってはテロに限定されたニュースの印象から治安について不安なイメージを抱きがちだが、現在のベルファストは、両コミュニティの抗争の現場までもが観光名所となっている。ここを回るには、観光バスBlack Taxisを使うのが便利。

Black Taxisとは地元のタクシードライバーによる観光案内で、コストは一台£25と観光バスの£10よりも値は張るが、希望を伝えればドライバーが柔軟に対応してくれる。じっくり話を聞けるのもメリットである。

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Black Taxiをチャーターして、まずはプロテスタント地区(Shankill Road)に行ってもらった。ここは低層住宅が並ぶコミュニティ。いたるところに壁画が目に付く。これらは普通の住宅の外壁に書かれているものだ。

17世紀にアイルランドに侵攻したオリバー・クロムウェルの画。プロテスタントにとっては開拓者、カトリックにとっては侵略者。

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1690年Battle of the Boyneでボイン川を渡るウィリアム3世 (イングランド王)。この戦いでイングランド支配が決定的となった。

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アルスター地方の旗(主にプロテスタント系が北アイルランド国旗として使うもの)の中心にもある「The Red Hand of Ulster」の伝承を表す壁画。アイルランドの伝説で王様が早く岸に着いた者に土地を与えるとした競争がその起源だそうだ。

これらの壁画はユニオニスト・ロイヤリストのルーツを表している。そして周辺にはこれら以上にたくさんの政治的壁画がある。

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亡くなったロイヤリスト・ユニオニスト活動家の壁画が多い。

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ライフルを構える活動家。この地区に入ってくるカトリック・ナショナリストへの警告だそうだ。

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ロイヤリスト・ユニオニストグループを表す壁画も多い。

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「アルスターはずっと英国に留まる」。「NO SURRENDER」は彼らの合い言葉。転じてRangersファンがチャントで歌うこともある。

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この後、隣り合うプロテスタント・カトリック地区を隔てる壁(Peace Lines)に。途中に何カ所かゲートがあるが日中でも閉じられている。現在は昔のような抗争があるわけではないが、安全上の観点からゲートは閉じているとのこと。

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当然のことながら壁を迂回すれば両地区に出入りすることは可能だが、トラブルを起こすために行動する人はいない。ベルファストに住んでいれば、例えば職場などで両コミュニティの人が一緒に働くこともあるわけだが、当たり前だが、普通に接している。ただ、飲みに行くときは、中立的な中心街に行くことが多くなるそうだ。

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続いて、カトリック地区(Falls Road)。これは有名なPeace Wall。

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北アイルランドのマイノリティ、カトリック系住民はその抑圧の歴史から同じような境遇を体験してきたパレスチナと連帯意識がある。また、ゲバラやカストロなど革命家の壁画に見られるように左翼的思想とも親和性が高い。ちょうど、ロイヤリストが右翼的なのと対照的である。

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したがって反ブッシュ。これはブッシュがアラブ諸国に戦争を仕掛けて石油を搾取しているとする壁画。

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ちなみに、案内をしてくれたドライバーはプロテスタント地区の出身。実はChelseaの熱狂的なファンで、年数回ロンドンに来るとのこと。当然Rangersのファンでもあり、サッカー話でとても盛り上がってしまった。おかげで、コミュニティとサッカーの関係については色々と聞くことが出来たが、カトリック地区については重要な壁画をいくつか見逃してしまった。

なお、全国的な人気クラブとなったChelseaはカトリックからのサポートも受けているそうで、実際、カトリック地区でChelseaユニを複数見かけた。

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サッカー話で盛り上がったついでに、ベルファストのサッカークラブLinfield FCのホームスタジアムにも寄ってもらった。このクラブはRangers・Chelseaとともにロイヤリストのサポートを受ける北アイルランドリーグの強豪。ユニの色もRangers・Chelseaと同じロイヤル・ブルー。

エンブレムのお城はロンドン郊外のウィンザー城(女王陛下の住まい)であり、ホームグラウンド名のWindsor Parkとともに英国連合を強く意識したさまから、クラブの生い立ちが北アイルランドの歴史と無縁でないことが分かる。

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なお、このスタジアムは北アイルランド代表のホームでもある。代表チームも国の生い立ちからプロテスタントの強いサポートを受けているが、イングランドへの対抗意識も強く、イングランド戦は信じられないくらいの盛り上がりを見せるそうだ。これは、Linfield FCと代表チームをサポートする壁画。

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左は、2005年9月7日W杯予選イングランド戦で1-0勝利、右は2006年9月6日ユーロ予選スペイン戦で3-2勝利したことを表している。北アイルランドは強豪の揃うユーロ予選F組で現在首位である。

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2005年のイングランド戦の勝利以降、北アイルランド代表へのサポートが大きくなりつつあり、関係者・ファンの努力もあって両コミュニティの融合に一役買っているようだ。確かにスポーツが政治的対立の緩和に貢献した例はいくつもある。代表の躍進と共に北アイルランド問題の解決が促進されることを願う。

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最後に別のプロテスタント地区(Sandy Row)に。

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赤白青に塗られた歩道と電柱。これはユニオン・ジャックの3色を意味し、ここはユニオニスト地区だという警告。

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中心街の警察署。厳重なゲートに抗争の歴史がかいま見える。写真を取り損ねたが、カトリック・コミュニティ内の警察署はここ以上の完全な要塞だった。こんな造りだけど今ではこの周辺を含め市内は安全である。もちろん治安の悪そうなところはあるが、それはどこの街も同じ。

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近くのウォータフロントは良い散歩道となっている。

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両コミュニティがベルファストを代表する観光地となり始めたのは約10年前。今ではバスやタクシーで観光客が訪れ、写真を撮る姿がよく見られる。

政治的な対立は過去のものとなり、現在はEUでもワーストに近い貧困や犯罪が問題となっている。宗教対立がオールドファームで表面化しているという点からすると、ベルファストよりもむしろグラスゴーの方が問題だろう。

次回は北アイルランド紛争のもうひとつの舞台、ロンドンデリー。

 

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2007年5月25日 (金)

オールドファームとは何か?(その1:オールドファームと北アイルランド問題)

世界で最も激しいダービーと言われるオールドファーム。その激しいライバル関係はカトリックとプロテスタントの宗教対立に根ざすと言われている。

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たしかにそれは事実であるが、特定の信仰を持たない日本人にとっては、そもそも宗教が持つ意味、そして異なる宗教による対立がどのようなものか実感として理解し難い。

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2年間Rangersのシーチケホルダーとしてオールドファームを計4回見る機会に恵まれた。

最初は熱狂的な雰囲気に圧倒され、単純に「凄い!」と思うだけだったが、スタジアムで歌われるチャントの内容や試合を取り巻く環境を知るにつれ、次第に試合を楽しむよりも、むしろスタジアムで見られる両ファンの憎悪に正直嫌気がさしてくるとともに、(自分が当事者でない事による)居心地の悪さを感じるようになってきた。それでも試合は見に行ったが。

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BBCが2005年に放送したオールドファームを取り巻くドキュメンタリー、「Scotland's Secret Shame: Sectarianism」という番組がある。グラスゴーで対立する宗教コミュニティと2大クラブ、それによって引き起こされる殺人などの凶悪犯罪について正面から取り組んだ非常に意欲的な番組である。番組はYouTubeで見ることが出来る(計40分、英語、訛りのきつい英語も入るので、もし関心があればどうぞ。BBCサイトにスクリプトもあり。)。

番組に出てくる「Sectarianism(セクタリアニズム)」という言葉。特定の宗教を支持するグループ同士の対立・抗争・差別行為を表している。このSectarianismという言葉がオールドファームを理解するキーワードである。

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番組中、スコットランドの歴史学者が説明するように、グラスゴーの問題はアイルランド島北部の種族対立がスコットランドへの入植者によって、特にグラスゴーを中心とする西部に持ち込まれたものだ。したがって、北アイルランド問題について理解する必要があるだろう。

北アイルランドのプロテスタント系ユニオニスト(Unionist:英国連合支持者)又は、ロイヤリスト(Loyalist:英国王室・英国連合に忠誠を誓う人たち、ユニオニストとほぼ同義)は、英国連合、つまりイングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの4連合を維持すべきだと考えている。

一方、カトリック系ナショナリストは、北アイルランドが英国連合から離脱して、アイルランド共和国に戻るべきだと考えている。

両者の対立は、歴史的には以下のような推移をたどる

  • 12世紀以降、時に残酷な英国によるアイルランド支配に対し、数々の抵抗運動が起こる
  • 1916年、イースター蜂起(ダブリンでの武装蜂起)、その後、内戦状態に
  • IRA(アイルランド共和国軍)の活動が始まるのはこのころ
  • 1921年、英愛条約調印、南部26州が独立したのに対し、北部アルスター6州は英国に留まる(現在の北アイルランド・アイルランド共和国の姿に)
  • その結果、北アイルランドではマイノリティのカトリック教徒は、様々な社会的差別を受ける
  • 60年代後半、米国に始まった公民権運動の高まりを受けて、プロテスタントへの抵抗活動が始まる
  • 英国軍が投入され、IRA暫定派(Provisional IRA:実力行使を思想とするIRAの分派)との抗争が激化
  • 北アイルランドと英国本島で爆弾・銃撃活動にでるPIRAに対して、ロイヤリスト・グループ、特に英国軍のバックアップを受けた準軍事組織によるカトリック住民への報復が行われ、抗争は90年代まで続く
  • 情勢悪化により、北アイルランド政府はロンドンの直接統治下に
  • 90年代に入り、対立する政党、英国・アイルランド政府間による交渉が始まる
  • 1998年、グッドフライデー合意(後日、国民投票で支持される)、準軍事組織の武装解除、両コミュニティの代表による北アイルランド政府の共同運営が決定
    (参考:BBCサイト

北アイルランド問題というと、日本ではメディアのフィルターを通した結果、IRAによるテロ活動の印象が強いが、この問題はどちらにも偏らない両者の対立構造の理解が必要である。BBCもバランスの取れた報道に留意している。

そして今月8日、ロンドンの統治下にあった北アイルランド議会の自治権委譲がトップニュースで流れた。頓挫していた北アイルランド議会の共同運営が対立政党の合意に至ったのである。この歴史的な合意に、トニー・ブレアとバーティ・アハーン(アイルランド共和国首相)もストーモント(北アイルランド議会)入りした。北アイルランドの政治問題は、解決へ大きな一歩を踏み出した。

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深刻な対立の時代を経て、北アイルランドは和平への道を進んでいるが、オールドファームやBBCのドキュメンタリーに見られるような深刻な対立は、住民レベルではどうなのだろうか。内戦が起こった北アイルランドとはどんなところなのだろうか。

ということで、北アイルランドに行ってきた。

続きは、明日。

 

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2007年3月22日 (木)

SPL: Post-split fixtures の決定

今日、SPLの分割後日程が発表され、各クラブはチケット販売を開始した。「分割後日程」って何だ?ということで、ちょっと説明を。

SPLは1999-2000シーズンまでは10チーム制、2000-01シーズンから12チーム制へと移行した。10チーム制の時はホーム&アウェイ2試合ずつの36試合を行っていたが、このフォーマットで12チーム制に移行すると、1シーズン44試合へと試合数が急増するため、これを回避するために導入されたのが「分割制(split)」である。

「分割制」では、第3クール終了時点での順位により、上位6チームと下位6チームを分割し、第4クールは分割されたグループ内のみでリーグ戦を行うことになる。これにより、年間試合数は、33(第3クールまで)+5(第4クール)=38となり、1999-2000シーズン以前とほぼ同程度に抑えられる。

世界でも珍しいこの分割制、順位の離れたクラブとの対戦が無くなる分、第4クールは濃密感が出る。そのため、上位グループではリーグ優勝/UEFA CL(1・2位)/UEFA CUP(3位)出場権争いに、下位グループでは降格争いにそれぞれ集中でき、競争が促進される。

一方、下位グループに入る7位のクラブは、上位グループに入る6位のクラブよりも楽なカードが続くため、シーズン終了時には、前者が後者を逆転することがよく起きる。また、ホーム・アウェイの試合数のバランスが取れないケース(特にアウェイ試合数が多い場合)が発生するが、いずれも特に大きな問題とはなっていない。

分割後のRangers(2位)のカードは以下の通り。既に優勝の目は無いが、今季好調のAberdeen(3位)とのUEFA CL出場権争いで最後までもつれる可能性がある。

Saturday April 21- Hearts (H) kick off 3pm
Saturday April 28 - Hibs (A) kick off 3pm
Saturday May 5 - Celtic (H) kick off 12.30pm
Sunday May 13 - Kilmarnock (H) kick off 2pm
Sunday May 20 - Aberdeen (A) kick off 2pm

 

 

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2007年1月12日 (金)

新監督就任

Rangers再建の命を受けて、今季から期待の若手フランス人監督Paul Le Guen(PLG)が指揮を執っていたが、期待された結果を出せずにRangers史上最短の7ヶ月で退任という結果に終わった。最大の問題はスコットランドサッカーに最後まで適応することが出来なかったことだろう。ただ、UEFA CUPでは良い結果を出しているだけにPLGの監督としての才能に疑いはないはずである。今後の彼のキャリアを期待する。

そして、1/10に、史上まれに見る低迷状態に陥っているRangersの再建請負人として、Rangersの伝説Walter Smishが就任した。同時に、往年の名プレイヤーAlly McCoistとKenny McDowallの入閣も決まった。

Walter Smishは1948年グラスゴー生まれの58歳。Dundee Utd.でキャリアをスタートした。選手としての目覚ましい記録はないものの、Dundee Utd.に初のリーグタイトルをもたらした後、1997年にRangersで史上タイのリーグ9連覇を成し遂げている。その後、Everton、Manchester Utd.(Alex Fersusonのアシスタント)を経て、2004年にスコットランド代表監督に就任。2008年欧州選手権の出場権をかけた予選グループでフランスを破る金星を上げ、監督としての評価は非常に高い。

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070111scotsman 今回のWalter Smish新監督の誕生は、代表監督の任期を18ヶ月残しての代表退任となり、大きな議論を巻き起こしている。

Rangersからすると、現在リーグ2位に付けているものの首位Celticとの差は既に挽回不能な17ポイント、そして数字以上にクラブ創設以来といってよい程、Rangersのチーム状態は悪い。そのような中でチーム再建にはなりふり構っていられない状況にあり、強いカリスマの存在が必要だった。Walter Smishはチームのとっての「伝説」であり、今のRangersには彼以外の適任者はいない。

一方のSFA(Scottish Football Association)にとっては、現在のスコットランド代表は選手が揃いつつあり、しかも欧州選手権予選が今年イタリア・フランスとの対戦を控え佳境を迎える中で、代表の強化とかかる期待が大きいだけに、代表監督の引き抜きは信じがたい暴挙である。現在、SFAはRangersの行為とWalter Smishの契約違反に対して法的措置を検討していると伝えられている。

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これは、ジェフ千葉のオシム前監督が代表に引き抜かれたのとちょうど逆のかたちである。千葉は当初JFAのやり方に強い不快感を示していたが、最終的には日本代表のためとして折れた。オシムを千葉につなぎ止めておくだけのインセンティブが少なくなっていたという現実的な事情もあるだろうが、基本的には協会の引き抜きである。

一方、今回のスコットランドのケースは、SFAからすると許し難い行為と映るだろうが、Rangersとしては強化の一環として当然の行為をしただけあり、また今回のような人事を実行できるだけの財政力・魅力がクラブ側にある。Rangersファン以外のすべてのファンを敵に回したのは事実だけど。

Scotsよく欧州では「クラブ>代表」と言われているが、スコットランド代表の人気は決して低くない。代表の試合を見に行けば、そこには日本代表サポの軽い雰囲気とは比べものにならない強いサポートがある。しかしながら、プロフットボール選手の本業の場であるフットボールクラブの発言力は間違いなく強い。

翻って、オシムのケースのようにクラブが協会の行為に対して泣き寝入りするしかない状況は、世論・メディアにおける日本のサッカークラブ、強いてはプロサッカーの地位の低さを表してはいないか。

スコットランドのようにクラブが強さを追求するのは当たり前、代表監督だって引き抜く、そのプロセスはクラブと協会が対等な関係で交渉する(交渉の結果、賠償問題になるかもしれないが)、というのが健全な関係である。結局、日本のプロサッカーは未だ黎明期ということだろう。

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現在の浦和は協会に対しての発言力・交渉力を持つだけのクラブにまで成長したが、日本のプロサッカーの発展のためには浦和に続くクラブがたくさん表れなくてはいけない。まあ、千葉のケースに関して言えば、オシムが代表監督になったおかげで浦和の選手が大量に代表に招集され、その結果チームのレベルアップにつながっているから、浦和としてはありがたいんだけどね。

 

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2006年5月25日 (木)

英国クラブのファン気質

5/13のスコティッシュカップ決勝でHeartsが8年ぶりの優勝を成し遂げ、メディアはこれを大きく取り上げていた。翌日にはエジンバラ市内で優勝パレードが行われ、体感的にはリーグチャンプ決定よりも盛り上がっていたのではないかと思う。やはりオールドファーム以外のチームの活躍がスコットランドのサッカーを盛り上げるのだろう。

残念ながら貴重なパレードの様子を撮影し損なった。日本人Heartsファン(推定3人以下?)の皆さん、申し訳ありません。その貴重なHeartsファンで、現在英国のとあるMBAで勉強している友人から、面白いサイトを紹介された。

http://www.roymorgan.com/news/press-releases/2006/490/

Roy Morgan Internationalという英国のマーケットリサーチ会社による、英国フットボールクラブのファンの規模とファンの性格についてのレポートである。

これによると、いわゆるイングランドのビッグクラブに続き、Rangersが5位となっている。6位のCelticとはほぼ同数と言って良いだろう。ファン数については、必ずしも現在のチーム力(リーグ順位)とは比例関係になく、LeedsやWolvesなど根強い人気を保つクラブがChampionship(実質1部)からも複数ランクインしている。Heartsも18位にランクイン。

面白いのは、下の方にある"Who are the fans?"

Chelseaは、粗暴なイメージとは正反対の都会的なファン層が定着しているようだ。"underweight"なんてイメージと正反対だったのだけど。クラブが強くなるのと相対してシーズン・チケットの値段はべらぼうに上がり、スタジアムは金持ちの余暇の場と化していき、昔からのファンの心境はいかなるものだろうか・・・。

さて、CelticとRangersはほぼ同数のファン数ながら、その性格は正反対のようだ。よく知られるCelticのカトリックに対してRangersの国教会(プロテスタント)の宗教的対比もさることながら、Celticファンはビジネスに重きを置き、金銭的な問題が少なく見えるのに対して、Rangersファンは低所得で、その生活は保守的、かつタバコ酒好きであることが分かる。正直こうした実感はあまり無かったのだが、両チームの対立はこうしたキーワードからも読み取れるものかと妙に納得。

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2006年3月 1日 (水)

エジンバラとグラスゴー

スコティッシュカップ準決勝で、エジンバラの2強、Hearts-Hibernianの対戦が実現することとなった。準決勝でのこの組み合わせは1901年以来とのこと。

ちなみに、もう一方のカードは、Gretna(2nd Div.)対<Dundee-Hamilton(ともに1st Div.)の勝者>というスゴイ事になっている。なお、Rangersは2/4にホームでHibernianに0-3と惨敗し、既に脱落している。

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060228evn1ここで問題になっているのが、venue(開催地)の問題。

通常、スコティッシュカップ準々決勝は、グラスゴーにある聖地Hampden Park(日本の国立競技場に相当)で開催されることとなっているのだが、首都エジンバラの2強のカードが実現したために、「グラスゴーに行かなくても良いじゃないか」「エジンバラで開催しよう」という機運が高まっている。

その理由としては、(1)グラスゴーへの5万人の大移動による混雑が回避できる、(2)Murrayfieldの方がキャパが大きい、(3)首都からなんでわざわざグラスゴーなんぞに行かなくちゃならないのか、がある。

特に(3)については、長らくこの国のfootballはグラスゴーのオールドファームに牛耳られてきただけに、今年のエジンバラの2チームの好調を背に、主導権を握りたいというエジンバラの人々の思いは強いだろう。

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060228evn2ちなみに、Murrayfieldとは、スコットランドラグビーの聖地で、キャパは67,500人(ちなみにHampdenは52,000人)、グラウンドのヒーティング・システムを備えたスタジアム。イメージとしては、ちょうど「横国のトラックを取り払った競技場」といって良いだろう。

市内からは徒歩でアクセスが可能であり、電車を乗り継いでHampdenに行くよりもずっと楽である。

<写真はMurrayfield: 上記ともEvening News, 28 Febより>

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このようにエジンバラ開催には全く問題がなさそうだが、冒頭のEvening Newsにあるように、市内の意見は2つに割れているそうだ。

理由は、Murrayfieldのロケーション。Murrayfieldは、HeartsのホームTynecastleのすぐ隣に位置する。そして、Heartsは過去にUEFA Cupなどで同スタジアムをよく使っている。

これが、街の反対側(海側)に位置するHibernianにとっては不利になるので、必ずしもエジンバラ開催には賛成していないようである。

Hearts側は「UNITE」の呼びかけをしているが、両チームのライバル意識は相当に高いので、今後どうなるかは分からないが、グラスゴーに一矢報いるチャンスを無駄にする手はないでしょう!チケットも取り易くなるし・・・。

ちなみに、市内の位置関係は以下の通り。<multimap.comより>

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2006年2月10日 (金)

監督解任2

2/10 監督解任2

今日のグラスゴー地元紙Heraldのトップを含め4面が、監督Alex McLeish解任の報道である。

会長David Murrayは、今後クラブに対する巨額の投資が予定されていることを示唆し、不満のたまっているファンへ、明るい未来が待っていることを強調している。

また、度重なる主力の怪我による離脱が今シーズンの不調の原因だとし、監督への配慮を見せた。

ここで、監督のキャリアを紹介する。

1959年 グラスゴー生まれ
1976年 Aberdeenに加入、Alex Fergusonの下、94年までディフェンダーとして活躍
1982年 ワールドカップ出場
1990年 ワールドカップ出場(93年まで代表77キャップ)
1994年 Motherwellの指揮を執る
1995年 Motherwell、リーグ2位(過去60年間で最高位)
1998年 Hibernianの監督に就任
2001年 Rangersの監督に就任
2002年 リーグカップ及びスコティッシュカップ獲得
2003年 スコティッシュカップ、リーグカップ及びRangersにとって50回目のリーグタイトル獲得
2004年 リーグカップ獲得
2005年 リーグタイトル獲得(51回)、スコットランドのチームとして初のチャンピオンズリーグ・ベスト16入りを果たす
(Herald及びRangers Official HPより作成)

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2006年2月 9日 (木)

監督解任!

2/9 監督解任!

木曜日帰宅してメールをチェックすると、Rangersメールマガジンからメールが届いている。タイトルは「Exclusive: Eck To Leave Gers」。監督Alex McLeishの解任だ。

チェアマンのコメントによると、「解任自体は既に1月前半に合意されていたが、クラブへの投資や選手への影響を考え、CL決勝トーナメントVillarreal戦の後に発表されることになっていた。」

「しかしながら、ここ2試合の結果を受けて、複数のサポータークラブ、クラブ幹部、中心選手と議論した結果、解任の発表は今なされるべきだと合意された。」

今年の成績は言い訳のできないものであるが、4年半の在任期間に7つのトロフィーを獲得した事実は揺るがない。

全ては明らかにされた。

クラブは結束して、日曜日のダービーで結果を出すしかない。

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