オールドファームとは何か?(その3:ロンドンデリー)
ロンドンデリーはアイルランドの国境に近い北アイルランドの第2の都市。
「デリー」はゲール語で「楢の葉」を意味する。「ロンドン」が付いているのは英国統治に由来することから、カトリック・ナショナリストは単に「デリー」と呼ぶようだが、公共機関は「ロンドンデリー」を使用している。
ここは中心街が全長1.6kmの城壁で囲まれたユニークな街で、観光地として魅力的な街である。
北アイルランド問題との関係では、抗争の中心ともいえる場所で、中でも1972年のBloody Sunday(血の日曜日事件)は有名。現地介入した英国軍が武器を持たないカトリック系市民を殺害した事件で、英国軍の関与に関して現在でも調査が継続中の大きな事件。
事件のあった地区はカトリックの一大コミュニティで、壁画もたくさんある。
歩道が「緑白オレンジ」のアイルランド国旗の色に塗られている。ここからカトリック・ナショナリストのコミュニティだということ。
これはBloody Sundayで亡くなった14人のカトリック系市民。
亡くなった14歳の少女の画。手前のシンプルな説明文に言葉もない。
英国軍の催涙ガスを防ぐためにガスマスクをした少年。手には火炎瓶を持っている。
「YOU ARE NOW ENTERING FREE DERRY」
地元カトリック系住民による自治区宣言を意味する
公民権運動のデモの参加者14人が殺害されたBloody Sundayの画
ドアを破る兵士と催涙ガスから逃げる少年
Bloody Sunday(1972年1月30日)の記念碑
金網と石を手に装甲車に立ち向かう少年
ベルファストの刑務所に政治犯として収監されたカトリック系住民。53日間のハンガーストライキを決行した彼の姿は1980年当時世界中に放映されたそうだ。彼らは囚人服を着ることを拒否してブランケットを羽織っている。
Bloody Sundayその他の抗争の現場。今は普通の商店街になっている。
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城壁をはさんで反対側にはプロテスタントコミュニティがある。入口付近の歩道は赤白青で塗られている。もっともベルファストのプロテスタント地区よりも、ここはずっと小さい。
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この街は規模は小さいが、中国の西安のように街を囲う城壁がきちんと残っているため、観光客も多く訪れる。そして城壁の外、北西側カトリックコミュニティには数多くの壁画がある。壁画の状態は良く、それぞれに説明文も付いている。「地球の歩き方」には一切触れられていないが、ここまで来たら、両コミュニティに足を踏み入れてみるべきだろう。
この街は北アイルランド問題における数々の抗争の現場であっただけに、平和への欲求もより強いのだろう。Bloody Sundayの現場も含めて周辺地区に危険な感じは全くなかった。
次回はまとめ。
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